映像記憶探偵 image memories detective

主に映画にまつわる覚書

『さらば、愛の言葉よ』隠喩解義1 The Explications of the Metaphors in Godard's "Goodbye to Language" (1)

 

 周遊する蒸気船と二つの国旗(外輪蒸気船サヴワ)

    The Steamboat "Savoie" and Two National Flags

 2014年12月27日に発売された、雑誌『ユリイカ』2015年1月号「ゴダール2015」に掲載された、映画批評家蓮實重彦氏と作家の阿部和重氏の対談で、蓮實氏は、ジャン=リュック・ゴダールJean-Luc Godard)の3D映画『さらば、愛の言葉よ(Adieu au langage)』(2014)についてこう述べています。

 http://www.seidosha.co.jp/index.php?9784791702824

 「今回の作品にも観光船が見えていますが、なぜかゴダールがスイスで撮った映画にスイスの国旗はいちども映っていない。今回も、フランス国旗がはためいている遊覧船が出てくるんですが、船というのは船籍の国旗を掲げるんでしたっけ?」(79-80頁)。
 確かに、『さらば、愛の言葉よ』で外輪蒸気船サヴワが映るショットの大半は、スイスのレマン湖畔のニヨンCGNの船着き場に近づく瞬間を捉えたものなので、船首のフランス国旗が映る頻度が高いのですが、実際には、この映画の中で、蒸気船サヴワの船尾のスイス国旗がはっきりと映っているショットも、たったひとつですが存在します。
 CGN(Compagnie générale de navigation sur le Lac Léman)の1914年就航、つまり2014年に100周年を迎えたベル・エポック船サヴワは船首にフランス国旗を掲げ、船尾にスイス国旗を掲げています。サヴワは、1904年から1927年にかけてのベル・エポックに就航したCGNの8隻の船で編成されるベル・エポック艦隊の1隻です。2004年から2006年にかけて修復されました。

 http://www.cgn.ch/fr-ch/flotte-belle-epoque/ship.aspx?id=1350

   ベル・エポック船は、すべてヴィンタートゥールのスルツェール(スルザー)社によって建造されました。 全艦、船首にフランス国旗を掲げ、船尾にスイス国旗を掲げています。ペル・エポック艦隊は乗船可能な乗客数で世界一だそうです。2011年6月17日にはスイスの国民的重要歴史記念物(monument historique d'importance nationale)に指定されています。


 CGN - Flotte Belle Epoque

 レマン湖のスイス側(北側)から見たベル・エポック船の初期の絵葉書を見ると、国旗を掲揚する場合、スイス国旗は船尾に掲げるのが習慣のようです。フランス国旗を掲げる場合は船首に限られています。以下で絵葉書集を観ることができます。画像左右端の矢印マークをクリックすると画像が切り替えられます。 

 Patrimoine du Canton de Vaud : Croisière sur le Léman: côte Suisse

 

 26歳の成瀬正一(なるせ・せいいち)は1918年7月20日に遊覧船サヴワに乗り、それまで文通を通じて知り合いだった、ヴィルヌーヴに住む52歳の世界的大作家ロマン・ロラン(Romain Rolland)に初めて会うことができました。『中央公論』1919年4月号掲載の成瀬の紀行文「瑞西の旅」には「七月二十日、私は、數年來師と仰いで、片時も邂逅を慾して止まなかつたロマン・ロオランを、その假寓の地なるヴィルヌウヴに訪ふため、湖水の上を通ふ遊覧船に乗つた。ヴイルヌウヴは、レマン湖の東端にある小村で、ロオランは、歐州戰爭の勃發以來、そこにある客舎オテル・ビロンに居を構へてゐるのである」とあります。オテル・ビロン(l'hôtel Byron)は1933年に焼失しました。

 CGNは外輪式蒸気船サヴワ生誕100年を祝うため、2014年5月15日、ジュネーヴ在住の100歳以上の人びとをレマン湖グルメ周遊ツアーに招待しました。その6日後の5月21日、カンヌ国際映画祭で『さらば、愛の言葉よ』が世界初上映されました。ゴダールはひそかにサヴワ生誕100年を祝っていたのかもしれません。

 Vidéo HD - CGN - Bateau à vapeur "La Savoie" - YouTube

 

 『さらば、愛の言葉よ』と同じニヨンで撮影された『ゴダールの決別(Hélas pour moi)』(1993)の冒頭近くには、逆光でほとんどが木陰に入り、シルエットと化した主要登場人物が活人画のように不動の姿勢を維持し続けるのをワン・ショットで見せる1分近い印象的な長回しがあります。


 Jean-Luc Godard, 'Hélas pour moi' (opening excerpt - The Story) - YouTube


 そこでは、CGNの1908年に就航した外輪蒸気船イタリー(Italie)が画面右から画面に入り、キャメラはそのフランス国旗を掲げた船首の動きを追って画面左に向けレールで横移動しますが、やがて横移動の速度を緩めます。
 視界が木陰を出ると、モップを手にし、ゴミ収容器を前に立つ、どもりの清掃夫リゴ氏(Monsieur Rigaud)に続き、黄色のタンクトップに黒のホットパンツ、白のスニーカーをはいた、太陽に照らされ、背を向けながら石段に横に座っている、黒髪のリセ最終学年の少女マリネットゥ・デュラス(Marinette Duras)を中心に捉えた時点で止まるので、イタリーは画面左に消えていきますが、その時、船尾のスイス国旗が7秒ほど、はっきりと見えます。
 ここでは、国旗をどう撮るかというよりも、移動中の船を短い持続の中でどう撮るかという時に、船首を中心に画面に収めるということが優先されているにすぎないように思えます。
 このショットは、ゴダールとアンヌ=マリ・ミエヴィル(Anne-Marie Miéville)共同監督の二十世紀末の美術に関するヴィデオ・エセー『古い場所(The Old Place)』(2001)で引用され、以下の白文字が合成されます。「真実/伝説/夢想(VERITE/LEGENDE/REVERIE)」、「夢想/真実映画(REVERIE/CINEMA VERITE)」、「伝説としての芸術(ART COMME LEGENDE)」「実在としての映画(CINEMA COMME REALITE)」「当時(EN CE TEMPS LA)」。

 

 『ゴダールの決別』のブルーレイとDVDは2014年1月25日に、紀伊國屋書店、マーメード・フィルムから発売されています。


 ジャン=リュック・ゴダール DVD&Blu-ray

 

 ゴダールとミエヴィルが2002年スイス国民博覧会(Expo.02)の湖畔につくられた五つの会場のひとつ、砂利船を改造した水上劇場・ディスコ「アルテプラージュ・モビル・デュ・ジュラ(l'Arteplage mobile du Jura)」 (AMJ)での上映用につくったヴィデオ短篇『自由と祖国(Liberté et patrie)』(題名はヴォー州が1803年4月14日にスイス連邦に加盟して以来の同州のモットーで、このヴィデオ短篇でも一瞬映る州旗にも記されています)でも緑の斜面を背景にしたベル・エポック蒸気船の写真が大写しになります。船首のフランス国旗ははっきり見え、船尾のスイス国旗は一部が見えますが船名はよく見えません。 

 映画館で3Dの眼鏡を着けた状態で画面の細部をどこまで識別、記憶できるかは検証できませんが、フランスではゴダールの84歳の誕生日にあたる2014年12月3日に、『さらば、愛の言葉よ』の3D版ブルーレイ(Région B/2)、2D版DVD(Région 2)がワイルドサイド(Wildside)から発売されています。特典には28頁の小冊子のほか、ゴダール・インタヴューとゴダールの『新ドイツ零年(Allemagne 90 neuf zéro)』(1991)が収録されてます。
 蓮實氏も「フランスからとりよせた2D版のDVDを見てみても」(p.85)と述べています。 


 Adieu au langage en DVD, BLU-RAY et VOD 

 FILMOTVからVOD販売もされています。

 ADIEU AU LANGAGE (Jean-Luc Godard) - film à télécharger en VOD - ADIEU AU LANGAGE téléchargement ou streaming


 この文章では、2014年12月8日に英国ステュディオ・カナル(StudioCanal)からブルーレイ(Region B/2)と同時に発売された『さらば、愛の言葉よ』の2D版DVDGoodbye to Language - STUDIOCANAL (PAL Region 2)に基づいて、この映画の蒸気船サヴワの登場場面を順に見てみることにします。以下の時間表示は、このDVDに基づきますが、本編冒頭からの経過時間は、冒頭の約20秒のステュディオ・カナルのロゴ部分を引いた数字になります。

 サヴワの映像は、ゴダールの初の3D映画『三つの災厄(Les Trois Désastres)』(2013) 「災=厄(サイコロ=星まわり)(Dés-astres)2」 でも使われています。
 連作ヴィデオ・エセー『ゴダールの映画史(Histoire(s) du cinéma)』「2A:映画だけが(Seul le cinéma )」で女優ジュリ・デルピ(Julie Delpy)が画面外のささやき声で朗読するシャルル・ボドゥレール(Charles Baudelaire)の詩集『悪の花(Les Fleurs du mal)』(1857)の最後の「死(La mort)」の部門の末尾に収められた詩「旅(Le voyage)」第四節第一連の音声が引用される途中、米国の写真家リチャードゥ・アヴェドゥン(Richard Avedon)が1972年4月11日にベル・エアで撮った眼鏡をかけ左目に黒いアイパッチを着けた、78歳になる米国の映画監督ジョン・フォードゥ(John Ford)のモノクロの肖像写真の大写しのショットに続き挿入されています。
 そこでは、湖岸から遠ざかるサヴワの映像が、『さらば、愛の言葉よ』55分52秒から使われる映像と同じ素材のピアノを連弾する二人の四本の手の低速再生の映像と二重合成されています。船の映像は後方から撮っているのでショットの最後に船尾のスイス国旗が一瞬見えます。この映像はおそらく『さらば、愛の言葉よ』のために撮られ、そちらでは使われなかったものだと思われます。

 

f:id:S-Hosokawa:20150112211124j:plain



 『さらば、愛の言葉よ』で蒸気船サヴォワが最初に登場するのは1分43秒です。「(1:自然)1:LA NATURE」の黒地に赤文字と白文字の飛び出す文字画面が出る3秒後です。船首にフランス国旗が見えます。同時録音の船の移動に伴う波の音も聴こえます。船が船着き場に横付けになる直前、1分52秒にショットが切り替わり、青空を背景に見上げられるヒマワリのショットになります。

 次に蒸気船サヴワが現れるのもやはり切れ目にあたる重要な瞬間です。10分36秒に「12:隠喩(2:LA METAPHORE)」の赤文字と白文字の飛び出す字幕画面が現われます。11分16秒、画面外の若い女性の声がサミュエル・ベケットゥ(Samuel Beckett)の『映像(L'Image)』末尾を引用する途中、黒地に赤文字の「ああ(OH)」の字幕画面が現れます。11分19秒、今度は黒画面に白文字で「言語(LANGAGE)」の文字が浮かび上がります。11分21秒から22秒にかけて画面外の女性の声が「私は映像をつくった(j'ai fai image)」と最後の語句を発音します。
 11分25秒、黒画面にまずユリカモメの鳴き声と船の立てる波の音が聞こえ、11分26秒、同時録音のサヴワのショットに切り替わります。さっきとは反対方向から陸地に近づいてきますが、船首にフランス国旗が見えます。11分34秒でショットが切り替わり、湖畔のベンチに座る哲学教授ダヴィドゥソン(Davidson)と湖畔を斜めにキャメラを傾けて捉えたショットになります。

 次に蒸気船サヴワが映る時点も重要です。その直前、レマン湖に面するアルプ湖岸通り(quai des Alpes)の湖側の遊歩道のグリーンのベンチに座る画面外のダヴッドソンを見下ろす位置に立つ、黒い帽子にベージュのトレンチコートを着た若い女性イヴィッチ(Ivitch)が曇り空を背景に見上げる角度で捉えられたショットで13分00秒から02秒にかけて、彼女は「それで、二つ質問です(Alors, deux questions)」と言います。13分03秒、今度はニヨンCGNの船着き場の桟橋越しに近づいてくるサヴワが同時録音で映し出されます。船首のフランス国旗が見えます。
 13分05秒、画面外のイヴィッチの音声がかぶさります。「それで、二つ質問です」。彼女の質問の音声の途中、13分13秒にショットが切り替わります。船客のショットに別の人物の服の一部が合成されています。ちなみにイヴィッチの二番目の質問のショットでは雨が降る舗道が映し出されていたのに、その直後、画面外の教授が答える13分31秒からのショットのイヴィッチの背景の空は白い雲に覆われていますが晴れています。
   イヴィッチ役の女優ゾエ・ブリュノ(Zoé Bruneau)の撮影日記『ゴダールを待ちながら(En attendant Godard)』(Editions Marice Nadeau, 2014, pp.60-75.)によると、この場面は2013年5月21日に撮影されたようです。
 このショットにかぶさる画面外のダヴィドゥソンの「順を追いましょう(Commençons par le commencement)」以下の台詞は、作家フィリップ・ソレルス(Philippe Sollers)編集の雑誌『無限(ランフィニ[L'infini])』2011年冬号(第117号)に掲載された、フィリップ・フォレストゥ(Philippe Forest)のインタヴュー「主体の激変(La mutation du Sujet)」に答えるソレルスの言葉の部分的引用です。

 http://www.philippesollers.net/l-infini117.html

 フィリップ・フォレストゥの著作には小説のほか、『フィリップ・ソレルス(Philippe Sollers)』(1992)などのエセーも多くあり、さらに『さりながら(Sarinagara)』(白水社、2008)、『荒木経惟つひのはてに(Araki enfin. L'homme qui ne vécut que pour aimer)』(白水社、2009)、夏目漱石中原中也小林秀雄大江健三郎畠山直哉までを論じた『夢、ゆきかひて(Allaphbed : Tome 1, La beauté du contresens et autres essais sur la littérature japonaise)』(白水社、2013)など日本に関する著書もあります。 

 『さらば、愛の言葉よ』に戻ります。この次に蒸気船サヴワが現れるショットは、それまでと違い、遠ざかる船を後ろから撮っているので当然、船尾にスイス国旗が見えます。

 

f:id:S-Hosokawa:20150416023342p:plain

 

 遠ざかっていくので、ショットの最後ではほとんど識別できなくなりますが、解像度の高い鮮明な固定ショットで27秒間映りっぱなしな上、画面全体が薄いブルーに近い色調の中、唯一目立つのは、ほぼ画面の中心にある、赤地のスイス国旗あるいはペル・エポック船の特徴ともいうべき先端の黒い鮮明な黄色の煙突なので、このショットの画面を注視し続けているかぎり、スイス国旗のデザインを知っている人がこのスイス国旗に気づかないでいることのほうがむずかしいように思います。 

 21分51秒、白いバスタブの排水口にシャワーの水で流される血のような赤い液体が吸い込まれていくのが見えます。これとほぼ似たショットは上昇するキャメラ駐車場を俯瞰で捉えるクレーン・ショットに続いて54分22秒にももう一度現れます。
 後者のショットは、『三つの災厄』「災=厄(サイコロ=星まわり)3」でも、後者の映像は、54分05秒からの駐車場を俯瞰で捉えるクレーン・ショットに続いて転用されています。
   ショットが切り替わり、森の散歩道を奥に向かって歩いていくウェルシュ・シープドッグのロクシー(Roxy)を背後から捉えたショットに画面外のジョゼットゥ(Josette)が同じく画面外のジェデオン(Gédéon)に向ける声が重なります。
 21分15秒に、暗い室内でそこだけ明かりのついたトイレで便器に座り用を足すジェデオンの前に、斜めに傾けられたキャメラに背を向け、全裸で立ち、黒いシルエットで捉えられたジョゼットの言葉の続きです。 

そう、あなたは若い。あなたは美しさと活力にみなぎっています。だから試みてください…。私はこれから死にます。アデュー、アデュー、あなたを手放したくない。あなたを取り戻したくない。なにも望みません。なにも。私は地に膝を突き、腰は砕けました。私になにも言わないでください。あなたは私を傷つけ、落ち込ませました。そして、あなたにこう言いもしました。「私たちはもう愛し合っていない。私たちは一度も愛し合っていなかった!」

Eh bien oui, vous êtes jeune. Vous êtes dans votre beauté, dans votre force. Essayez donc… Moi, je vais mourir. Adieu, adieu, que je ne veux pas vous quitter, je ne veux pas vous reprendre, je ne veux rien, rien, j’ai les genoux par terre, et les reins brisés. Ne me parlez de rien. Vous m’aviez blessée et offensée, et je vous l’avait dit aussi. Nous ne nous aimons plus. Nous ne nous sommes jamais aimés!

  これは、19世紀の作家ジョルジュ・サンドゥ(Gorges Sand)が年下の劇作家アルフレドゥ・ドゥ・ミュッセ(Alfred de Musset)に宛てた二通の手紙の引用です。

 まず1835年の手紙の原文はこうです。

そう、あなたは若い。あなたは詩人よ。あなたは美しさと活力にみなぎっている。だから試みてほしい。私はこれから死ぬ。アデュー、アデュー、あなたを手放したくない。あなたを取り戻したくない。なにも望まない。なにも。私は地に膝を突き、腰は砕けた。私のことはなにも話題にされない。

Eh bien oui, tu es jeune, tu es poète, tu es dans ta beauté et dans ta force. Essaye donc. Moi je vais mourir. Adieu, adieu, je ne veux pas te quitter, je ne veux pas te reprendre, je ne veux rien, rien, j’ai les genoux par terre, et les reins brisés, qu’on ne me parle de rien.

   Correspondance de George Sand et d'Alfred de Musset

 

 日付のないもう一通は『パリ評論(ルヴュ・ドゥ・パリ[Revue de Paris]』1896年11月1日号で公開されました。

あなたは私を傷つけ、落ち込ませた。そして私はあなたにこう言いもした。「私たちはもう愛し合っていない。私たちは愛し合っていなかった」

Tu m’avais blessée et offensée, et je te l’avais dit aussi: «Nous ne nous aimons plus, nous ne nous sommes pas aimés.»

   ミュッセとサンドゥは1932年に出会い、同年12月、二人でイタリアに向けて旅立ち、12月31日にヴェネツィアに着きました。喧嘩と別れを繰り返し、パリで再会しましたが、1834年11月、サンドゥは黒髪を切り、ひと房を小箱に入れてミュッセに送りました。二人は1935年3月に別れました。 
 ちなみに、『さらば、愛の言葉よ』の製作者の一人アラン・サルドゥ(Alain Sarde)は、ミュッセとサンドゥの恋を描く映画『年下のひと(Les Enfants du siècle)』(1999)を製作しています。

 ロクシーの映像に重なる、別れを告げるジョゼットの言葉に続き、22分15秒、遠ざかるサヴワの同時録音のショットに切り替わります。画面外のジェデオンの声が、スィークムントゥ・フロイトゥ(Sigmund Freud)の講義録『精神分析入門(Vorlesungen zur Einführung in die Psychoanalyse)』(講義は1915~17年、出版は1916~17年)第10章「夢における象徴(Die Symbolik im Traum)」で、オットー・ランク(Otto Rank)の著書『英雄の誕生の神話(Der Mythus von der Geburt des Helden)』(1909)に言及する箇所のサミュエル・ジャンケレヴィッチ(Samuel Jankélévitch)によるフランス語訳(Introduction à la psychanalyse, Paris, Payot, 1921)を言い換えて引用します。

英雄の生誕に関する神話において、ランクはある比較分析を行なっています。水の中に潜ることと水から救出されることは、夢においてあきらかになる生誕の表象において似通った役割を演じています。

Dans les mythes relatifs à la naissance des héros, que Rank avait soumis à une analyse comparée, l'immersion dans l'eau et le sauvetage de l'eau jouent un rôle analogue aux représentations de la naissance qui se manifeste dans le rêve.

   ジャンケレヴィッチ訳『精神分析入門』該当箇所

英雄の生誕に関する神話において、O・ランクはある比較分析を行っています(最古の神話は紀元前2800年のアッカドサルゴン王の生誕にまつわる神話です)。水に潜ることと水から救出されることは、ある支配的な役割を演じています。ランクはその生誕の象徴的表象が、夢においてあきらかになるそれらの表象と似通っていることに気づきました。

Dans les mythes relatifs à la naissance de héros, que O. Rank avait soumis à une analyse comparée (le plus ancien est celui concernant la naissance du roi Sargon,d’Agade, en l’an 2800 av. J.-C.), l’immersion dans l’eau et le sauvetage de l’eau jouent un rôle prédominant. Rank a trouvé qu’il s’agit là de représentations symboliques de la naissance, analogues à celles qui se manifestent dans le rêve. 

   フロイト精神分析入門』該当箇所

In den Mythen von der Geburt des Helden, die O. Rank einer vergleichenden Untersuchung unterzogen hat, – der älteste ist der des Königs Sargon von Agade, etwa 2800 v. Chr. – spielt die Aussetzung ins Wasser und die Rettung aus dem Wasser eine überwiegende Rolle. Rank hat erkannt, daß dies Darstellungen der Geburt sind, analog der im Traume üblichen. 

 

 『さらば、愛の言葉よ』で初めてサヴワが遠ざかっていくところのを映したショットは、ジョゼットゥとジェデオンが離れていくことを暗示しているのかもしれません。フロイトゥの精神分析入門』の夢分析によれば、空洞のものは女性器の象徴で、船も女性器の象徴とされます。『さらば、愛の言葉よ』には船だけでなく、水、器も繰り返し出てきますが、女性器の映像としては、18分30秒からのギュスターヴ・クールベ(Gustav Courbet)の油彩画『世界の起源(L'origine du monde)』(1866)の女性器の部分の大写しがあります。
 去っていく船の映像は映画の最後のほうに出てくる、18世紀初めの、メアリ・シェリー(Mary Shelley)、パースィ・ビッシュ・シェリー(Percy Bysshe Shelley)ら四人が乗った小舟の映像で反復されることになります。
 ここで初めて蒸気船サヴワの映像が、レマン湖の豊富な水の映像を介して「水(l'eau)」という語と直接結びついています。たんなる偶然でしょうが、フロイトゥの最初の講義は蒸気船サヴワ就航、つまり世界大戦勃発の翌年に行われています。

 22分42秒、遠ざかっていく蒸気船サヴワのショットが、不意に桟橋の前を横切るサヴォワのショットに切り替わり、チャイコフスキ(Tchaïkovski)の『スラヴ行進曲(Marche slave / Словенски марш)』の重々しい旋律が流れ出します。サヴォワは画面右から左にかけてゆっくりと移動し、船首のフランス国旗がはっきり見えます。
 『スラヴ行進曲』は、1876年6月、オスマン帝国軍によって多数殺害されたセルビアスラヴ人キリスト教徒の犠牲者を追悼するために作曲された後、改稿されました。印象的な主題に短調セルビア民謡「明るい太陽よ、輝かないのか(Sunce jarko ne sijaš jednako)」の旋律を用いています。

 Sunce jarko ne sijaš jednako - Gordana Kojadinović - YouTube

 音楽が不意に中断され、桟橋の前を横切るサヴワのショットが桟橋を歩く人々のショットに切り替わる瞬間、画面外でガラスの割れる音、車の急発進するタイヤの軋む音が聞こえます。
 次の23分04秒からのショットでは赤く染まった水が映し出され、表面に噴水口のようなものが突き出て見えます。

 ここからは物語上重要なネタバレが増えますが、そもそも、この映画の物語上の重要な事件については断片的、暗示的にしか提示されず、しかも必ずしも時系列順に提示されるわけではないので、初見の人はもちろん、何度か見ても、あるいはヴィデオで見ても読み解けない人が多いかと思います。なので、重要な出来事の解釈の手がかりとなるような細部についても参考として指摘しておくことにします。

 その次の23分08秒のショットでは、公共水道の貯水槽の囲いに腰掛けた、白いマフラーに黒いスカートの若い女性が座り、その横に赤いコートを着た女性が立っています。
 顔の見えないジョゼットの声が「何もわからない(J'entends rien)」と言い、座っているほうの女性が上半身を屈めて地面を見つめます。カールした赤毛の長い髪が一瞬画面に入ります。髪の色と髪型から、ダヴィドゥソンの教え子で、ブロンドの長髪の青年の恋人で、2分00秒で公共水道の水を飲んでいたマリ(Marie)に見えます。
   ジョゼットゥの声が「彼は死ぬと言う(Il dit qu'il meurt)」と言い、マリは右手で画面下のなにかに触れますが、手をもちあげると手に血がついています。立っている女性の左手がその手をつかみます。
 ジョゼットゥの声が「それで彼は死ぬ(Eh bien qu'il meurt)」と言うとショットが切り替わり、公共ホール「ガス工場(Usine à Gaz)」前の去っていく黒っぽいメルツィデス・ベンツS320が後ろから映し出され、低速再生されます。
 赤いコートのジョゼットゥの顔はまったく映し出されません。 

 マリを演じた女優マリ・リュシャ(Marie Ruchat)のサイトに発表された撮影現場の写真を見ると、公共水道の貯水槽に座っているのは彼女だということがはっきり確認できます。 
 映画に使われたショットでは下の画面外に隠されている地面には男が仰向けに横たわっています。顔は見えませんがジェデオンでしょうか。
 横にいるのはジョゼットゥ役のエロイーズ・ゴデ(Héloïse Godet)ですが、映画に映っている赤いコートではなく、ベージュのコートを着ています。
 マリ・リュシャの向かいに立つのは撮影監督のファブリス・アラーニョ(Fabrice Aragno)、キャメラの前の椅子に座るのはゴダールです。

 

   Tournage avec J-L Godard

f:id:S-Hosokawa:20121106102124j:plain

 

 ジェデオンが死んだのだとすると、公共水道のある小公園で死んだのでしょうか。その死とメルツィデス・ベンツS320は関係があるのでしょうか。
 この映画で、ジョゼットゥとジェデオンの物語を、彼らの分身的なもう一組の男女、イヴィッチとマルキュス(Marcus)の物語が反復していると考えると、同じ「ガス工場」前の小公園でのマルキュスの死の状況が、この場面を読み解く手がかりになるかもしれません。
 「隠喩解義2」で言及するマルキュスの死の直前の場面に、メルツィデス・ベンツS320が銃声と共に、マルキュスの上着を轢いて走り去るショットがあるので、ジェデオンとマルキュスの死には、同じ俳優が演じ、同じ型の車に乗るジョゼットの夫とイヴィッチの夫らしき裕福な男が関係していることが暗示されますが、具体的な経緯や状況はほとんどわかりません。 

 ベル・エポック船の話に戻ります。
 次に、34分34秒、黒地に赤文字で「2」と出て、赤文字が消えると続いて「(隠喩)LA METAPHORE」の白文字が出ます。ここも重要な切れ目でしょう。その直後の34分37秒、船着き場の人びとのショットに切り替わった直後、目に入るのは、各種土産品を陳列したスタンドの下のほうにあるひとつの商品がスイス国旗のデザインだということです。同じスタンドの二段上にはスイス原産の犬セント・バーナードの図案が見えます。その隣のスタンドにもスイス国旗のデザインの土産品が見えます。
 このショットに続き、34分39秒、それまでと違う暗い画調で、ペル・エポック船が船着き場に近づく瞬間が捉えられます。サヴワかどうかは確認できません。曇天で逆光なので船首のフランス国旗の色もはっきり見えません。34分49秒、突然、画質の異なる青空の飛行機雲のショットに切り替わり、無音になります。
 その直後、34分53秒に、15分21秒にも見られた、三つのサイコロで遊ぶ男女二人の子供を見た直後、湖を背後に、黒い帽子をかぶりベージュのトレンチコートを着て、湖岸の柵の鉄格子に右手をかけるイヴィッチのショットが反復されます。
 画面左から薬指に指輪をしたマルキュスの右手が画面内に入り、彼の「なんなりとご用命ください(Je suis à vos ordre)」(直訳すれば「あなたの命に従います」)の台詞が聞こえます。
 この場面も『ゴダールを待ちながら』(pp.135-137.)によると、やはり2013年5月21日に撮影されました。
 イヴィッチとマルキュスの出会いの経緯の描写や説明はありませんが、「隠喩解義2」で言及するもう一組のカップル、ジョゼットゥとジェデオンの出会いの場面との相似性から類推すると、たぶん、男とイヴィッチの口論を目撃したマルキュスが、それまで面識のなかったイヴィッチに話しかけた最初の瞬間だと想像できます。 

 この映画でベル・エポック船の映っている最後のショットについては「隠喩解義2」で触れることにします。